我聞如是(がもんにょぜ)

(その20)

 

   幸せ    星野富弘

 

 幸せ という

 花があるとすれば

 その花の

 蕾のようなものだろうか

 

 辛いという字がある

 もう少しで

 幸せに

 なれそうな字である

 

 

 

 

(その19)

 

成人の日に 

              谷川俊太郎

人間とは常に人間になりつつある存在だ

かって教えられたその言葉が

しこりのように胸の奥に残っている

成人とは人に成ること もしそうなら

私たちはみな日々成人の日を生きている

完全な人間はどこにもいない

人間とは何かを知りつくしているものもいない

だからみな問いかけるのだ

人間とはいったい何かを

そしてみな答えているのだ その問いに

毎日のささやかな行動で

人は人を傷つける 人は人を慰める

人は人を怖れ 人は人を求める

子どもとおとなの区別がどこにあるのか

子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな

おとなは一生大きな子ども

 

どんな美しい記念の晴着も

どんな華やかなお祝いの花束も

それだけではきみをおとなにはしてくれない

他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ

自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ

でき上がったどんな権威にもしばられず

流れ動く多数の意見にまどわされず

とらわれぬ子どもの魂で

いまあるものを組み直しつくりかえる

それこそがおとなの始まり

永遠におわらないおとなへの出発点

人間が人間になりつづけるための

苦るしみと喜びの方法論だ

 

 

その18

 すべてよろづのことにつけて、往生にはかしこきおもいを具せずして、

 ただほれぼれと弥陀の御恩の深重なること、つねはおもいだしまいらすべし。 しかれば念仏も申され候ふ。これ自然(じねん)なり。わがはからはざるを、自然と申すなり。これすなはち他力にてまします。(歎異抄第十六條)

 

 ・こうして聖典を途中から抜粋することはあまり好ましいことではないとは思いますが、この一文には私自身特にひかれていまして、ここに記させていただきました。またこのお言葉のさらに前後にも素晴らしいお言葉が続いています。何度も読み返し味わいたいところです。

 

 

 その17

 我々は、ものを正直に見ておるんじゃないんです。 

「我」の眼鏡を通してみておる。「我(われ)」の上に立ってものを考えておる。(略)

「我」という眼鏡をかけて見ておる。その眼鏡がですね、何万年前からかけておるかわからん眼鏡だから、眼鏡と目が一つになってしまっている。(略)

 ものを見たらちゃんと我の眼鏡でゆがんで見ている。それがもう癖になって分からんようになっておる。

 それはまともだと思っている。

 (訓覇信雄師 「人間の根源的病源」)より

 

 

 

 

その16

 

   「過」  吉野弘

 

   日々を過ごす

   日々を過つ(あやまつ)

   二つは

   一つことか

   生きることは

   そのまま過ちであるかもしれない日々

   「いかが、お過ごしですか」と

   はがきの初めに書いて

   落ち着かない気分になる。

   「あなたはどんな過ちをしていますか」と

   問い合わせでもするようで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その15

     動詞「ぶつかる」     吉野弘


   ある朝

   テレビの画面に

   映し出された一人の娘さん

  日本で最初の盲人電話交換手


  その目は

  外界を吸収できず

  光を 明るく反映していた

  何年か前に失明したという  その目は

 

  司会者が 通勤ぶりを紹介した

  「出勤第一日目だけ お母さんに付き添ってもらい

  そのあとは

  すっと一人で通勤してらっしゃるそうです」


  「お勤めを始められて 今日で一か月

  すしづめ電車で片道小一時間・・・」

  「朝夕の通勤は大変でしょう」


  彼女が答えた

  「ええ 大変は大変ですけれど

  あっちこっちに ぶつかりながら歩きますから、

  なんとか・・・」


  「ぶつかりながら・・・ですか?」と司会者

  彼女は ほほえんだ

  「ぶつかるものがあると

  かえって安心なんです」


  目の見える私は

  ぶつからずに歩く

  人や物を

  避けるべき障害として


  盲人の彼女は

  ぶつかりながら歩く

  ぶつかってくる人や物を

  世界からさしのべられる荒っぽい好意として

  路上のゴミ箱や

  ボルトの突き出ているガードレールや

  身体を乱暴にこすって過ぎるバッグや

  座りの悪い敷石やいらいらした車の警笛


  それは むしろ

  彼女を生き生きと緊張させるもの

  したしい障害

  存在の肌ざわり


  ぶつかってくるものすべてに

  自分を打ち当て

  火打石のように爽やかに発火しながら

  歩いてゆく彼女


  人と物との間を

  しめったマッチ棒みたいに

  一度も発火せず

  ただ 通り抜けてきた私


  世界を避けることしか知らなかった私の

  鼻先に

  不意にあらわれて

  したたかにぶつかってきた彼女


  避けようもなく

  もんどり打って尻もちついた私に

  彼女は ささやいてくれたのだ

  ぶつかりかた 世界の所有術を


  動詞「ぶつかる」が

  そこに いた

  娘さんの姿をして

  ほほえんで


  彼女のまわりには

  物たちが ひしめいていた

  彼女の目くばせ一つですぐにでも唱い出しそうな

  したしい聖歌隊のように




   その14 

  たきぎは火をつけつれば、はなるることなし。

 「たきぎ」は行者の心にたとふ、「火」は弥陀の摂取不捨の光明にたとふるなり。心光に照護せられたてまつりぬれば、わが心をはなれて仏心もなく、仏心をはなれてわが心もなきものなり。これを南無阿弥陀仏とはなづけたり。

 (安心決定鈔)

 

 師答えていはく、念仏往生はもとより破壊無智のもののためなり。

 もし智慧もひろく戒をもまつたく(完全に)たもつ身ならば、いづれの教法なりとも修行して生死をはなれ、菩提を得べきなり。

 それがわが身にあたはねばこそ(できないからこそ)、いま念仏して往生をばねがへ。

  (後世物語聞書) 

 

 

 その13 願心

 

  誰に語らんすべもなし

  たゞ黙々とわが心

  願心のまゝに生きてゆき進まんとする

  常に常に燃えてゐる

  燃えてゐるこの願心よ

                 (赤祢貞子)

      

 

その12  自分について

 

  「 はっきりと自分をとらえているときは、どこにあっても寂しさを感じない。

 しかし落ち着いて自分を振り返ってみないときは たとえ賑やかな都大路の真ん中にあっても、限りなき哀愁にとざされずにはいられぬであろう。 」

 (九条武子「無憂華」より)

 

 自分のことを自分が一番知っていると思っておりますが、実はそうではありません。自分とはそう簡単なものではありません。仏教はこの自分について知ることであります。自分のことを知る教えです。

 経典の最初には必ず「我」という言葉がでてきます。これは「自分」のことです。我、つまり自分を学ぶ、知る教えなのです。九条武子師は自分についてこのように教えてくださっています。また赤祢貞子師はこのように詠われました。

  「 弱い自分と悲しむな 強い自分といばるなよ

   強弱こえた自分を愛せ 」

 

 自分では計りきれないもの、自分。弱い自分や強い自分をこえた自分。

 こえるとは自分ではこえられません。だからこそ仏法に聞いていくのです。

 九条武子師も赤祢貞子師もともに仏法を聞きお念仏の生活をおくられた方です。 

 

その11  暁烏敏先生のお手紙


   「 我等人間の思案とか信仰の経験とかいうものは、畢竟世迷ごとに

     過ぎません。やはり歎異抄の有難いところは、云々にありましょう。」


 これは暁烏先生からいただいた御手紙の一節である。歎異抄前篇各節の終りにある、「・・・・・と云々」、は私の語をもってすれば、念仏の大法の無限性を象徴している。したがって先生のお言葉は、ただ無限の前に跪(ひざまづ)いて居らるゝ、先生のそのお姿を拝する以外の何ものでもない。

                                   (毎田周一師)

その10 高光大船師の言葉  

 蝋燭がともされますと、火口がだんだんとけ初めて、やがては蝋は垂れるようになり、形がくづれ出し、終には畳の上や敷物の上へ蝋がこぼれます。

この蝋燭のみにくさは彼自身の灯の光りで彼自身を人前に露出しているのです。 しかし彼は、人々が蝋が垂れたの、芯が延びたのとはやし立てている間でも黙って灯っているのです。

 そして四方八方から勝手放題な批評を受けつつ、彼は燃えて燃えてやがては燃え尽くしてしまふのです。蝋燭は彼自身を燃やす他に他意もなければ野心もなく、一心に自分を灯して行く他ありません。

 たとへ彼の垂れた蝋が畳を汚すことがあらうと、敷物を汚すことがあらうと、彼自身にはそれに就いて私は灯っていますと云うことより一言も云いやうがないのです。何と云われやうとも黙って灯って行く他に途はないのです。

 若しかして蝋燭が彼自身を忘れて他人の云ふことに応答でも試みようとでもしようものなら、彼の灯は消えてしまふのです。

 

(「直道」 灯をかかげて 1935年11月)

 

 

 

 

 

 その9  大乗を読誦し 行者を勧進す

 

 この文言は「観無量寿経」のなかにあるお言葉です。これについて

善導大師は、「観経四帖疏」(序分義)のなかで次のように教えてくださっています。(以下意訳)

「大乗を読誦し」というのは、お経はこれをたとえていうと鏡のようであって、たびたび読み、たびたび尋ねたならば智慧が開ける。もし智慧の眼が開けたならば、よく迷いの苦をいとい、涅槃の楽をねがうことをあかすのである。

「行者を勧進す」というのは、苦法(苦しみをまねく教え)は毒のようであり、悪法は刀のようであって、三界(迷いのこの世)に流転させて衆生をそこなう。

 今すでに善法(仏の教え)は明鏡のようであり、甘露のようである。鏡は正道を照らして真実に入らせ、甘露はみ教えの雨を注いで尽きることがなく衆生に利益(りやく)を受けさせて等しくさとりを得させようとする。このいわれがあるから行者を相勧めねばならないということを明かすのである。 (本文意訳)

 お経は鏡のごとし、しかしこの鏡はただの鏡ではありません。明鏡です。光の鏡です。智慧という光に照らされて自分の内面が、自分でも気づかなかった自分がはっきり映し出されてくるのです。

 つまり発見です。しかし一度や二度の発見ではありません。

 一度知ったからそれで終わりというものではありません。一度知ったなら、今後はこの明鏡をよりどころにしての歩みが始まるのです。

 生活のなかで経をいただき教えを学ぶ。その意味をこの文言から教えていただきました。

 

 

 

  その8  「破闇満願」 (はあんまんがん)

 

 「彼の無碍光如来(阿弥陀如来)の名号は、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満たす。」

 (かの阿弥陀如来の名である南無阿弥陀仏は、生けるものたちのすべての無知を破り、生けるもののすべての願いを満たしたもうのである)

   (曇鸞大師、「浄土論註」)

 

 また親鸞聖人も 

 「しかれば名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。」 と述べられ、さらに続けて  「称名はすなわちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなわちこれ念仏なり。念仏はすなわちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏はすなわちこれ正念なりと、知るべしと」 (教行信証、行巻「称名破満」)

と教えてくださっています。

 私は自分のことは自分が一番知っていると思っています。しかし仏法を聞けば聞くほど、わかっていたはずの自分というものが怪しくなり、本当にわかっているのか。との呼びかけに出遇います。

 しかしだからこそ今私は、私以上に私のことを知り尽くしてくださっている阿弥陀如来のことを学ばずにはいられません。つまり仏法より私を学ぶのです。

  私が本当に願うべきものは何か。それを弥陀の本願というのではないでしょうか。仏の私にかけてくださる願いこそ、私が真に願うべきものであると思います。それを南无阿弥陀仏と教えてくださっています。

だからこそそのいわれを聞いていくのです。 

  その7 「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃」(正信偈)


 とは、一念の喜愛の心により今まで見えなかった煩悩がよく見える。

見えればいよいよ聞かねばおれない。聞けば煩悩が邪魔にならずに御縁となっていよいよ聞く。聞けば煩悩を断ぜざるまま涅槃の心を知ることができる。親鸞聖人はそれを今一度くりかえして

 「已能雖破無明闇 貪愛瞋憎之雲霧」といわれた。

    ( 藤谷秀道師 「教行信証の道標Ⅲ」より )

 

その6   四顛倒(してんどう) 四つの逆さま

 

この世には四つの逆さまがある。

一つはこの世は清らかな世界である、またはこの世界のどこかに清らかな世界がある、と思う。そして人の心も清らかであると思う。

 

二つは この世は楽である。また今は苦しくてもいずれは楽になれる。楽になりたい。と楽を求める生き方。

 

三つは この世は常であり、移り変わることはない。私はいつまでも長生きできて健康を保つのだ。また世の中色々あるけれど、結局は平穏に収まるものだ。と考えているしそれを願う生き方。

 

四つは 世の中は自分中心で回っている。またそうなるように望んでいる生き方。自分の思いどうりになることが幸せだと思っている。

 

しかしこれらをお釈迦様は、(浄楽我常)「四顛倒」「四つの逆さま」「妄見」といわれました。

これらの誤った考えを迷いといい、そこから苦が生まれるといわれます。これらの妄見を破る智慧の言葉が「四法印」です。

 

「四法印」とは先の(浄楽我常)の「四顛倒」の迷いでない、この世の真実を示すお言葉です。

それは

  諸行無常(すべてのものは移り変わる)

  法無我(すべてのものは自分中心にはならない

  一切皆苦(この世は苦である)

  涅槃寂静(涅槃は安らぎである)   

その5    一時


  「仏説無量寿経」のこの、我聞如是、のすぐ後に「一時」という言葉がでてきます。

 この「一時」とは普通に訳しますと、「あるとき」ということですが、実はもっと深い意味があるのです。「あるとき」という漠然とした時間を指すのではなく、この場合の「一時」とは、「自分の生涯において忘れることのできないとき」であります。

 これについては六成就という教えがあり、それはこの「無量寿経」が真実の教であるということを成り立たしめる六つの条件であるといわれています。(聞・信・時・主・処・衆、の六つを六成就という)

 このなかの時成就がこの「一時」であります。ですからただの「あるとき」ではなく、「自分の生涯において忘れられないとき」をいいます。

 そういう時というのは、いつでもある時ではない。あえていうなら宗教体験をした忘れられない時といえるのでしょう。仏に出遇い、仏の教えに出遇った、そして安田理深師の言葉でいうと「人生がひっくりかえった時」をいいます。仏法に遇い、真実に遇っって自分の生き方が変わった。そういう体験の時です。ようやく本当に生きていく道が見つかった、もっというと自分を見つけた、その時をここで「一時」という言葉であらわされているのです。

 

   その4    真について

 

 もとの字は、眞。人を逆さまにした形で、死者の形。眞は顛死者、不慮の災難にあった行き倒れの人をいう。

 真は死者でそれはもはや変化するものではないから、永遠のもの、真の存在の意味となり、「まこと」の意味となる。真が「まこと」の意味となるのは、人の生は一時(わずかの間)、仮の世であるが、死後の世界は永遠であるという古代の人びとの考えによるものである。それは人の死体を後ろから支えている形の久が、ひさしい、永久の意味となったのと同じである。

 (白川静「常用字解」より)

 また親鸞聖人は「真実というはすなわちこれ如来なり。如来はすなわちこれ真実なり。真実はこれ虚空なり。虚空はこれすなわち真実なり。真実はすなわちこれ仏性なり。仏性はすなわちこれ真実なり。」と

教行証文類の信の巻(本)の中で涅槃経から引かれて教えてくださっています。またこれはお釈迦様から善導大師へて続く真実の教えのはたらきであることをその前のところでお示しくださっています。

 

 

その3    阿 難 (あなん)


 「仏説無量寿経」の中に阿難という言葉がたびたび出てきます。

これはお釈迦様のお弟子のお名前です。

 阿難尊者は多聞第一と言われ、数多くのお弟子方の中でも特に記憶力が優れた方でありました。25年間お釈迦様のそばにつき従い師のお言葉を記憶し、お釈迦様が入滅された後にお弟子方が集まりお経をつくりあげる時には誦出者となり、

       「我聞如是」(かくのごとく我聞けり)

証言されました。

 またこの「仏説無量寿経」では、お釈迦様が阿弥陀如来のご本願を説かれるための大変重要な機会(五徳瑞現の理由を師に問うた)をもたれました。

 また「仏説観無量寿経」においても王舎城でお釈迦様に付き従ってその説法を聴聞され、後にはそのお話を多くの人々に説かれました。

まだまだ多くのことがありましたが、阿難についてこうして考えますと、まさに尊者であり、諸仏であると思います。阿難尊者がいなかったら、阿弥陀如来のご本願のいわれについても聞けなかったかもしれません。

 お釈迦様の説法を聴聞した阿難尊者はのちの人々にそのままお伝えされました。今現在この説法をお経としていただく私にとっていかにこの経典を聞かせていただくかが問われているのだと思います。

 

 

 

 

(我聞如是・がもんにょぜ)  その2

 

 王舎城(おうしゃじょう)

紀元前六世紀ごろビンバシャラ王が築き、かの王舎城の悲劇が繰り広げられたことで知られる。

「無量寿経」「観無量寿経」「法華経」等をお釈迦様が説かれた場所。

中インドのマガダ国の首都の名前。

お釈迦様説法の中心地。特にこの郊外の耆闍崛山で説かれた。

現在のラージギルにあたる。

 特に経典の最初に必ず場所がでてきます。場所は説法するなかでは重要なものなのでしょう。教えが大切なのだから、場所などどうでもいいのでは。と、思ったりもしがちですが、やはりそうはいかないのです。

 だから場所名があるのです。ではどういう意味があるのでしょうか。

この説法はきちんと記録した。この説法は事実である。というお弟子方の実話としての真実性を強調したかったのか、あるいは「観無量寿経」におけるあの悲劇の場所であり、そしてそれゆえに衆生が救済された記念すべき場所であったためか。または私の浅知恵では到底思い至れない真実があるのではと思います。

 いずれにしても経典に説かれていることはゆるぎない事実であります。説法の地であり、そしてもはや王舎城自体が経として読まれているのです。それは単なる場所ではなく、教えとなっていることであります。

王舎城そのものが、単なる場所ではなく、教えとなっているのではないかと思います。

   (我聞如是・がもんにょぜ)  その1

 

この「我聞如是」とは、お経の最初、冒頭の言葉です。

ほとんどのお経はこの「我聞如是」かまたは「如是我聞」から始まります。 お経は「お釈迦様」のお話されていたのを弟子達が聞き、記録したものです。ですからこの(我聞)とは、弟子自身が師であるお釈迦様のお話を(如是・かくのごとく)聞かれたということです。

 何を聞いたのか。それが、この「我聞如是」より後に述べられていることなのです。

 ところでお経というと、正確にいうとお釈迦様直伝のお言葉ということでありますが、その直伝のお言葉を読むのは、この場合私達であります。ですからお経を読む場合においては、あえて進めていうならこの(我聞如是)の(我)とは私達それぞれ個人、つまり私が(我)であります。私がお釈迦様のお話を聞かせていただくのがお経なのです。

 ではお釈迦様のお話を聞かせていただくといっても、どのように聞けばいいのでしょうか。私が生きているこの時代と、お釈迦様のご在世の時代とは色んな意味でかなり違っています。その時代や環境の違いを気にせずにただ忠実に読んでいくのか、読み手を無視しお釈迦様のお言葉だけを重んじていくだけでいいのか、そこのところが色々問題となっているとことであります。

 しかし私がまさに(我)として聞かせていただくならば、お釈迦様のお話も、そのまま今の私に直接かかわるお話として読めるのです。

 今の私に直接関わる教えとなって聞こえてくる、と言われた先生もいます。お釈迦様のお言葉が、時代をこえて今の私に生きてくるということです。

 ですからお経を読むというと、必ず最初にある「我聞如是」の(我)とは今の私のことであり、今の私がお釈迦様のお言葉をいただいていくということです。何回読んでも、読み手の私が日々移り変わる日常の中で生きている限り、その読みいただく今は毎回異なっています。ですから毎回新しい出遇いがあるのです。同じお経を何度読んでも、毎回お釈迦様のお言葉が新しく自分に響いてくるのです。